≪法話≫ 武雄組徳圓寺 德重清隆師

 この間の日曜日のことです。その日はお参りを朝10時と11時に約束していました。いつものように車を運転し、ご門徒のお宅へと向かっていました。車を走らせて十分ほどすると、車からいつもとは違う音と感触がし、すぐに車を広い場所に駐車し、降りて確認しました。すると車の前輪がパンクしていたのです。お参りに伺う途中のパンクに私は慌ててしまいました。急いで私は坊守に電話でパンクしたことを伝え、代わりの車を持ってきてもらえないかと頼みました。十分ほどして車を持ってきてくれ、私は坊守にパンクした車を任せ、代わりの車に乗り、ご門徒のお宅へ予定通りにお参りに伺うことが出来ました。自分のことだけを考えていた私です。

 一方、坊守は、パンクした車を任せられ随分困ったようです。坊守の話によると、その日は日曜日ということもあり、知り合いの自動車整備工場は休みでした。どうしたものかと思案していると、近くのお店でお昼の開店を待っていた数名の男性が、車のところまで来てくれたのです。そして、車の状況を確認し、手際よくスペアタイヤに交換してくださったのです。見ず知らずの方の思わぬ助けに、坊守は心から喜んでいました。

 その話を傍で聞いていた前住職が「車を運転する前にちゃんと点検しないといけなかったね。」と一言言ってくれました。

 車はエンジンをかけると当たり前に動くものという意識で、いつも私は運転していたのです。ところが車は点検をこまめにしなければならなかったのです。

 車は故障すれば直すことができます。しかし、私たちの心身は車のように簡単には直せません。私たちが抱える「生死の問題」は、想わぬ出来事に遭遇すると当たり前に生活していた日常が、大きくゆらぎ、不安になってしまいます。だからこそ、立ち止まって、自分を見つめる時間が必要なのです。本願寺8代ご門主蓮如上人は、「仏法には世間のひまを闕きてきくべし。世間の隙をあけて法をきくべきやうに思ふこと、あさましきことなり。仏法には明日といふことはあるまじきよしの仰せに候ふ。」(「蓮如上人御一代聞書」)と仰せられました。 つまり蓮如上人は忙しい時にこそ、時間をつくって聴聞することが大切なことと教えてくださったのです。生死の問題は、今を生きる私たちにとって最も大切な問題なのです。

共々に仏法聴聞させて頂きながら、私自身の「いのち」の姿に気づかせて頂きましょう。そして、今日も共々にお念仏もうさせて頂きましょう。 南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏

※こちらは、佐賀教区テレホン法話用にいただきました原稿を掲載させていただいております。

     

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